国際協力は本当に意味のあることになりうるのか


今週からUNICEFの国際協力講座が始まった。この講座は毎週火曜日、品川のユニセフハウスで行なわれる一般市民に対するレクチャーで、国際協力をテーマに様々な人がオムニバス形式で授業を行なう無料のシリーズだ。

今週、第一回目の講師は、「世界で一番命の短い国から」の著者で知られる、医師でフォトジャーナリストの山本敏晴氏である。実は、山本さんの講演を聴きたいと思い情報を探していた最中にこの講座自体を見つけたので、ある意味、私にとってはメインイベンターであった。

内容といえば、そんなに変わったことがあったわけではないが、現実を体験した者しか語りえない「事実」、またその「事実」に裏打ちされた考え方は比較的共感できるものであって、今回参加してよかったなと思った。

山本氏はその話の中で、
○自己満足に陥りがちな国際協力を「本当に意味のあるもの」にしたい。(実際に、どうかは別として。)
○人口増加、資源の有限性から来る、成長の限界が迫ってきており、地球上に住むすべてが持続可能性を意識した生活をするべき。
○医療の問題ですら、政治、経済、環境、教育、公衆衛生などの観点など全てに横断している。(Not only途上国, but also先進国)
といった内容を指摘していた。

コカインを皮膚に擦り込まれて恐怖を感じなくなり、両親をも殺してしまう少年兵の存在や、
彼が「体の不自由な人作戦」といった地雷については、問題の重さを改めて実感した。殺傷能力を半端なものに調節している地雷は、人を殺してしまうわけではなく、体の不自由な人を作り出す。というのも彼らの世話をせざるを得なくなった社会のほうが、経済により大きなインパクトをうけることになるからだ。これは四肢切断などにも共通の理由で、世界中で見られる「作戦」だ。悪魔のささやきとしか思えない。

人口増加の問題も深刻だ。90億を支えるだけのエネルギーはないだろう。40年で枯渇するといわれている石油に代替するエネルギーは今のところない、としか言いようがない。

まぁ、エネルギーがなくなったらみんな農耕に戻ろうぜ。そのときに死ななくていいように、
自分の子どもには、孫には、ひ孫には、自然をマニュアルで改変できる力を養ってもらおう。

気になることをひとつ質問してみた。
—先進国に暮らすことを夢見る、途上国に暮らす人に「国際協力師」はどう向かい合えばいいのですか?

「そこは悩みどころだ」って彼もおっしゃっていた。中国が全員都市化したライフスタイルで生活しただけで、相当持続可能性は失われる、と。更に、何かしらが原因となって、人口が最終的に20億人程度に減るのではないかと、彼は続けた。彼の活動はその「『人類』最大の危機」を少しでも遅くするものである一方、その後の世界で同じ過ちを二度繰り返さないためにも行なっていると。

やっぱりそうなのかな・・・。

彼と同じくして、私も相当将来に、少なくとも現在のアプローチが描く将来に悲観的になっているが、でも、彼と違うのは、彼が、「宇宙船地球号」という表現で、全員が等しく「最後の審判」を受けると考えている節があるのに対し、私は、このままだと、先進国だけが「カルネアデスの板」につかまるのではないか、と考えている、いうことだ。

でも、もしそうなら、そんなの国際協力でも何でもない。「本当に意味のあること」ではない。
「国際協力」の名の下の偽善だ。偽善を認識しない偽善ほど、厄介なものはない。

もちろん現在の国際協力を否定するつもりはなくて、必要条件では絶対あるし、どちらがいいとか、悪いとか、そういう価値判断の元にさらされるものでは絶対ないんだけど、

でも、私は、「開き直り国際協力」がやりたい。


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