偽善エコロジー 書評


偽善って・・・
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 著者をはじめて認識したのはフジテレビ系列で放映された『さんま・福澤のホンマでっか!?ニュース』だったと思う。その番組は、いろいろな分野の“エキスパート”たちを多数集め、“フツーの人”が知らないことを披露する、というものだ。環境問題の通説とは正反対のことを著者が述べたのを聞いて、ホントなのかな・・・?という思いを持ったのを覚えている。しかも、その放映翌日にバイト先で、同じく番組を見た人が「ごみは分別しなくていいらしい」といってゴミ箱を早速一つにしていたことでさらに印象を強くした。

 今回、本書を読み始めるまでに私が知っていた情報は、著者がいくつかの書籍を出版していること、そしてその著書が批判にさらされていること、だった。以前の著作である『環境問題はなぜウソが曲がり通るのか』(通称環ウソというらしい。)に対して『環ウソのウソ』(山本弘・著)という書籍が出版されていることや、安井至氏がホームページ上で批判していたのも知っていた。(参考:市民のための環境学ガイド http://www.yasuienv.net/ )しかし、これまでは実際にモチベーションが高まりきらなくて手に取ったことはなかった。

 読んでみての感想は、「書評できないよー」のひとこと。こう言ってしまうと元も子もないのだが、「専門ではないので良く分からないから、意見を表明するのは差し控えたい。」

 本書で示されているデータは筆者にとって都合のいいものだけであるはずだから、反対の立場を表明しているものも参照した上でないと、正しい判断は下せないだろう。本当はそういった本を読んだ上で、なおかつ最新の研究動向を踏まえた上で、書評を書くべきというのは重々承知している。しかし、私はそこまで守備範囲を広くもてないし、(多少の語弊はあるが)そもそもの必要性を感じないから今回はやめておく。
 ただ一点言っておきたいのは、いろいろな文献を参照したとしても、著者が「正しい」かどうかなんて分からない、ということだ。短期のアウトカムと長期のアウトカムは違ってくることもあるだろうし、いろいろな立場のさまざまな文献それぞれを、どのように評価するか、どのような重み付けをするかによって、答えはかわってくるだろう。そもそも新しい発見によって科学の「真実」は常に更新されるのだ。この感覚は池田清彦早大教授が著した『環境問題のウソ』を読んだときと同じで、詳しくは以前の記事を参照していただければと思う。(http://www.inoyo.com/modules/news/article.php?storyid=53

 一番気になったのは、『偽善エコロジー』というタイトルそのものだ。

(1)人の行為に対して偽善的だとは言えない。
 偽善という言葉は非常に暴力的であり配慮にかける言葉だと思う。マーケティング的にアピーリングだったとしても、だ。自分はホントノコトを知っている、自分はタダシイコトをしている。シカシオマエハチガウ――一方的な宣戦布告というか、何というか。基本的にパターナリスティックな視点であり、「地球に優しい生活」を送りたい人を結構深いレベルで引っ掻き回しているような印象がある。私は、自分のことを卑下して「偽善的」という言葉を使用することはあるが、「イイコト」をしている人に対して、偽善的だねとは言わない。それはしていることが悪いことであったとしてもだ。

(2)他の「エコロジー」への影響
筆者が書いたこと以外にも「エコロジー」な活動はある。それらが低調になってしまったらどうするのだろうか。そういうことはないのだろうか。地球に優しい生活は不便である。そういった不便に対する不満を抱く人は少なからずいるから、間違った方法で同調する人もいるだろう。モノを大切にする心自体は筆者は否定していないけど、偽善エコロジーなんていう言葉が独り歩きしたら、モノを大切にする人が減ってもおかしくないと思う。

(3)「イイコト」に偽善的な側面はつきもの。
国際協力の分野のなかでも偽善的である・ないの議論はある。たぶん「イイコト」すると、なんだって偽善的な側面はでてくるのではないか。要するに自戒しながら前に進めるかどうかが肝心なのではないだろうか。

▼他に突っ込みたかったこと(あくまでも一部)
 無理やりな論理誘導や誇張がある点も少し気になった。
・エコバッグはプラスチック製のみではない。布製もある。それに新しく買うとは限らない。
・レジ袋の追放は格差拡大にそんなに影響するとは考えられないし(23ページ)
・自分をダーウィンに重ねているあたり少し痛い。(30ページ)
・誇張が多い。最たるものは70ページ。「僕は受験生ですが、地球温暖化を防ぐために部屋の温度を28℃にしてあります。でも暑くて勉強に身が入りません。設定温度を25℃に下げたいのですが、温暖化は大丈夫でしょうか?」というものでした。この質問を聞いて私は愕然としました。どういったらよいか、どうして大人はこれほどのウソを子供につくのか!と絶句したものです。」 そんなんで「愕然」として「絶句」していたら日々生きるのが大変では?


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