環境問題のウソ 書評


環境問題のウソ (ちくまプリマー新書)書評
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科学にウソはない。

 この本には共感できる部分と共感できない部分の両方が存在した。とはいえ、環境問題に共感するとか共感しないとかいった話はおかしいし、本書が中高生を対象にして書かれていることを勘案すると、あまり良書とはいえないと思う。少なくとも環境問題の全体像を学ぶ人には薦められる本ではない。たとえば、私の中学生のいとこにはなかなか薦めることができない。

 筆者がこの本を通じて言いたかったのは、

すべての行為にはメリットとデメリットがあり、メリットよりデメリットの方が大きい時は、メリットのお題目がどんなに立派でもおやめなさい、という実に単純なことだ。(p.77)

というところだろう。まぁ、メリットとデメリットを比較して行動を決定するというのは、極めて当たり前のことなのだが、たとえば、ダイオキシンの排出に厳しい規制をかけることや、温暖化対策として二酸化炭素の排出を規制することが、筆者の目にはコストパフォーマンスが悪かったり、「科学的根拠」に基づいていない所業に映るらしい。

 まず、メリット、デメリットを測るのは非常に難しいことだ。エンドポイントをどこにするかによっても大きく変わるだろうし、個人の立場―たとえば、先進国に住んでいるとか、途上国に住んでいるとか、もしくは科学者であるとか、政策決定者であるとか―によっても、大きく変わるだろう。もしかすると筆者の言うことが「真実」かもしれない。

 かもしれないが、ひとつおかしなところがある。それは、筆者が最後の最後になって、

第一章の地球温暖化問題と第二章のダイオキシン問題については私の専門外でもあり、多くの図書を参考にした(p.166)

と逃げ道を作ったことだ。これは正直、どうかと思う。もし筆者が科学者であるのであれば、自分が研究したことに立脚して述べるべきであって、批判する資格すらないように思える。

Science is always tentative.
 それでもそれでも万が一、筆者の言うことを聞いて、それが正しかったとしても、それは「環境問題のウソ」が存在していることにはならない。科学における「真実」は(そう、あくまでかぎかっこつきの真実なのだが、)常によりもっともらしい「真実」に更新されうる。Bertrand Russellが言うように、Science is always tentativeなのである。だから私は、「環境問題のウソ」って言い切ってしまうこと自体に一番の危うさを感じるのだ。
 それに、どう考えてもIPCCの方が「真実」を語っているような気がしてしまう。第一、世界中の専門家が集まって検討しているのに、この著者のアイディアを考慮しないということがどうして起こりうるのだろうか?IPCCでは世界各国2200名の専門家のうち、450名にまで絞り込んで研究に望んでいるという。「真実」は多数決で決めるものではないが、だとしても、だ。

余裕があるから自然環境保護を訴える
 とはいえ、この本で共感する部分がなかったわけではない。たとえば、「自然と共生するのに必要なこと」という箇所で出てきた次のくだりである。

自然保護の思想の背景には衣食住が足りた豊かな生活があるということだ。飢えて死にそうな人の前に絶滅寸前の動物しかおらず、他に生き延びる手段がこの人になければ、この動物は食われるだろうし、それは当然なことである。人間の個体の命より、他の生物の種の存続のほうが大事だなどというのは、アホな倫理学者のたわごとでしかない。(p.155)

「アホな倫理学者」が本当にアホであるかは少し微妙だと思う。が、そのほかの部分に関しては、大筋で同意する。たしかにそうだ。環境問題には一種の危うさがある。だれも、今の生活をおくるだけで精一杯な時、環境問題のことを考えやしまい。

 よく「地球環境を守ろう!」「この美しい星を守るために!」という一見きれいで聞いていて心地よいスローガンが目に入る。確かに人の気を引くためにはいいのかもしれない。しかし、問題の本質を誤らせる可能性を孕んでいると思う。ソトコトとか読んで、お洒落なカフェで無農薬野菜のランチかなんかを食べて、「私の生活、ロ・ハ・ス♪(※)」とかいっている人は、完全にこういったスローガンの副作用的存在だ。

 そして、それこそ「環境問題のウソ」ではないだろうか。

 わたしたちが取り組まないといけないのは、他でもない人間が生存していくためには何をしなくてはいけないのか考えること。そして、それは喫緊の問題である。筆者の本意とは少しずれるが、個人的にはこの筆者の一節にそういった意味を見出すことができると感じた。

(※)ロハス、LOHAS:Lifestyles Of Health And Sustainabilityの略。


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