医療人類学のレッスン 書評


医療人類学とは結局何なのだろうか

医療人類学のレッスン―病いをめぐる文化を探る 書評
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医療人類学と学生
 私が以前所属していた国際保健医療学会の学生部会には、国際保健学に興味・関心を持つ医学生や看護学生が多く集まる。そしてその中にいると、学生の医療人類学への関心の高さが比較的高いことに気づく。本書の著者である池田光穂氏には学生向けのイベントへ来ていただいたこともある。(だから、私の本は著者のサイン本だ。)

 でも、学生が医療人類学と言うときに、じっさいに何を意図しているかすこし考えてみる必要がありそうだ。そういう必要性を感じるのは、彼らが西洋医学に結局は絶対的な価値をおいているからであり、また、彼らの関心が、医療人類学がもたらす知識が、いかに効率的に、また効果的に国際保健医療活動を展開することを助けるかという実益にあるからかもしれない。

 医療人類学に限らず、学問は基本的にニュートラルであろうとする傾向が強く、善悪の判断は、学問に先んじて行われることはあってはならない。初めから結論ありき、というのは学問としてふさわしくない。もちろん、学問を通した知見を判断に使うことはあっても、だ。

 そして言うまでもなく「医療人類学的視点を持っています。でも、(もとい、だから?)私の主張は間違ってないでしょ!?」ということは、医療人類学の本来的な意義からははずれたものである。もし私が研究者として生きるのであれば、自分の立場に関しては、きちんと筋を通していたい。

医療人類学の「レッスン」
 本書は、文化人類学に関して基礎的な知識を持ちあわせた人が、医療分野における文化人類学研究を理解するために書かれた書籍であろう。もちろんそれならそれでかまわないのだが、筆者自身が幅広い読者層を想定しているように読めた(ivページ)という意味では、(1)文化人類学の知識を持ち合わせないと読みにくい点、(2)扱っているコンテンツが「偏っている」ように思われた点、の2点は改善されてもいいと思う。

 (2)に関してだが、もっと私たちの日常にあふれる「医」の問題を取り上げることが出来ればいいと思う(※)。本書でも出産の話や出生前診断の話、また生命倫理の話など、部分的には触れられているが、あくまでも部分的に過ぎない。せっかくならば、こうした一般読者になじみのある話題を、医療人類学の視点から分析する試みがあってもいいだろう。
※出来れば、具体的なケースを示して、それを医療人類学的に考察を進めながら、解説していってほしい。

 ivページに医療人類学と隣接する人文社会科学と医療人類学の違いを著しているが、であるならば、それらの人文社会科学が扱うネタを、医療人類学者ならばどのように読むのか、両者の間にどのような違いがあって、医療人類学がどの点でどう優れているのか、ということを示してもらえたならばどんなにいいことか。

 医療人類学の本を読んでいて出てくるのは、疾病/病気/病の3分類、呪い・魔術、妊娠出産(それに絡めてFGM)、そしてクールーと、まぁ、さしずめそんなところだろう。これらを知っておくことはもちろん重要だ。しかし、医療人類学はその領域を広げてもいいのではないだろうか。

そういえば、レッスンと言えば、池田氏のホームページのなかに「確認チェック!」があった。面白い試みだと思う。でも、もっとインターネットのインタラクティビティを活用することって出来ないのだろうか? 万が一、私が書籍を出したら、自分でネット上にディスカッションを出来る場を作って、読者とそこで議論したい。(きっと忙しくてそんなことできないんだと思うけど・・・。)

備忘録
▼保健学科で習ってまだ覚えている数少ないこと:Person-in-context/共鳴する死 VS 自己決定権
・身体は本来自分のものではないし、わたしの意のままになるものではないものと考えるべきだ(「で」の間違い?)はないかとし、身体というものが他者との相互的な、かつ、身体的なかかわりの中で持つ社会性やそこで身につく柔軟性というものを回復する必要性を主張する。(p.96)
・「個」として生きている人間は、実は深層において、他者とのネットワークでつながっている。(p.111)

▼日本だって・・・。
・アザンデ人の世界は、わたしたちが因果性と呼んでいるもののなかに〈偶然性〉と呼んでいるものの可能性を認めず、〈必然性〉において理解しようとする(p.60)
これは程度の差があれ、日本でも観察されること。むしろ、ブラックボックス化した権威を存在させ、盲目的に絶対視することは、多くの場合、ココロの安定をもたらす。ここの部分を読んでいてゴサインタンの淑子さまを思い出していた。


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