女のみち2012


「ブス会*」ホームページより

妻がずっといなくて週末さみしいので、演劇でも見に行こうかとふと思い立った。演劇の聖地である下北沢のとなりに住んでいるのに勿体無いと、ずっとぼんやり思っていたのだ。中学生の頃に芸術鑑賞で本多劇場に連れていかれて以来、じつに15年ぶり。自分で買って入るのははじめてだった。ギリギリに押しかけたのでなんでもブスシートとなどという最前列の座布団席しか空いておらず腰が痛くなったし、となりのおっさんがゲップしていてうざかったが、とても楽しめた。

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じつは人の魅力にはふたつの種類しかない。
年を経るにつれ減じていく魅力と、
年を重ねるごとに増していく魅力だ。

本作がフォーカスを当てたAV女優という存在は、前者の魅力で生きる典型例であり、劇中描かれているのは、魅力が減じていくのを目の前にした彼女たちの姿である。メインのマリナ(アイドルグループBUSの第1期メンバー)にしかメイクがつかず、他の四人は自メイク。売れないからとリカコのギャラ交渉はうまくいかない。ロリを売りにした人気女優だったカスミは、「30超えたら劣化した」とネットに書かれる。ADの陰口も聞いてしまう。

これは、彼女たちの話だけではなくて、多かれ少なかれ人々が経験することだ。男が30近くになってイケメンだけでモテるほど世の中甘くないし、女だってちやほやされていた合コンに呼ばれなくなったりする。ふたつの魅力を入れ替えなくてはならない時期が誰にも来て、それは多くの人の場合、描かれた女優たちの年代、「アラサー」なのだろう。

でも、入れ替えはそんなにうまくいかない。それまでうまくやっていた人ほど、うまくいかないものだ。18から熟女の役をしていたルミやSM女王のカエデはその点、楽だ。でも、かつてロリ系で大人気だったカスミには辛い。

負けに転がっていく中で、もがき、苦しむ。そのもがきに意味があるかどうかは分からない。自分でも疑わしく思うこともある。それでも、もがかないといけないし、もがいてしまう。なぜなら「本当の自分」を取り戻したいから。この演劇では、そうした不確かなもがきの表現として、カスミの「セルフ潮吹き」への挑戦を描いている。

そしてもがいた末に適応したようなリカコにだって、理想と現実のあいだの乖離が大きくあることを、カエデとの最後のやり取りで見せる。「昔のリカコさんは自分のプレーを追求していましたよね?」ー人はいつだってもがきながら生き、生きながらもがくのだ。

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私は演劇が面白いものであるという可能性すら知らなかった。映画があって、テレビドラマがあって、しかもそれらをネットで見られるこの時代、演劇は淘汰されると思っていた。でも今回、演劇がなくならない理由がよくわかった。映像に決して駆逐されない写真と同様、凝縮した時間を切り取り、観客に提供するのだろう。

実際に演出として「潮を吹いた」り、マリナの顔のアップをテレビに映し出したりする工夫もなかなか面白い演劇だった。

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第3回ブス会
脚本•演出 ペヤンヌマキ
2012年10月13日
ザ•スズナリ


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