ドラマの中の「貧しさ」と村人


img4a8d644bcee5c滞在期間の最後のほう、「我是一棵小草」というドラマが毎日のようにやっていた。日本の昼ドラ同様、話が大げさで、ありえないことが連発するのだけれども、つい、その先が気になってしょっちゅう見ていた。中国語の勉強にちょうどいい、というのがいいわけ。

さて、このドラマを村の人たちと一緒に見ていて、気になったことがあるので書いておきたい。

◇  ◇  ◇

細かく紹介しても仕方ないのだが、少しは紹介しないと話がつかめないので、ざっと内容を紹介しよう。

〇ヒロインは30歳くらい。夫がガンの病魔に襲われ倒れてしまう。手術が必要だが、お金がない。
〇ヒロインのお父さんがどこからかお金を用立ててくる。みなはそれを喜んで使う。
〇しかしそれは会社から横領したものだった。お父さんは当然警察に逮捕される。
〇横領された会社社長は、ヒロインのお父さんを信頼していた。その彼に裏切られて心痛が原因で死んでしまう。(とずっとみんな思っていた。)
〇ヒロインの夫は結局、病に打ち勝てず死んでしまう。
—–
〇義理の母は突然目が見えなくなり、さらに息子を失った悲しみからヒロインに八つ当たりする。義理の妹も意地悪をする。
〇さらに亡くなった会社社長の息子に報復の嫌がらせを受ける。
〇亡くなった夫が他の女との間に作った子どもが出現し、ヒロインが引き取って育てることになる。
〇つらい毎日だけど、彼女は健気に生きていく。
—–
〇社長の死の経緯がわかるにつれて、社長の息子とヒロインの距離が縮まる。
〇ヒロインはしばらくしてその息子と結婚する。結婚する前もした後も、いろいろな困難があるも二人は乗り越える。
〇義理の母はいつも間にか性格がよくなる。
—–
〇はじめは一緒にみなで暮らしてたのだが、義理の母は、ヒロインとその相手に申し訳ないと、子どもをつれ、遠くに引っ越した。引っ越した先には頼る相手もなく、貧しい暮らしを余儀なくされていた。
〇ヒロインは彼らを探しだし、彼らの貧しい生活に涙し、連れて帰ってまた一緒に暮らす。めでたしめでたし――以上が大体の流れである。

◇  ◇  ◇

気になったのは、最後のシーン、貧しい暮らしをしている二人を見てヒロインが涙を流すシーンだ。「貧しさ」の尺度が、私が暮らしていた村とドラマの中とでまったく違うのだ。

たとえば、「貧しい」暮らしをしている二人がすんでいる家は、私がお世話になったリー族の家よりもずっと立派だった。

さらに、そのシーンの中で子どもは、「鳥の足」を食べていて(つまり、肉の部分ではなくて足のほとんど肉がない部分を食べていて)かわいそう、という描かれ方をしていた。
ところが、それを私と一緒に見ていた奴は、「うーん、おいしそう」といいながら、ニコニコしながらこっちを見てきた。もちろん、彼らからすれば至極当たり前の反応である。

私は複雑な心境で苦笑いをするよりほかなかった。笑っていいのか、笑ってはいけないのか。中国の格差の現実をはからずも感じた瞬間であった。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください