何でもやればいいのか、文部科学省。~小学校高学年での英語教育必修化について~


中央教育審議会が小学校高学年以上で英語を必修化するよう提言するとのこと。

はて、何をしたいのでしょうか?疑問で仕方ありません。

週一回の授業で本当に英語が身につくとでも思っているのでしょうか?思ってるとは思えないし、もし思っていたとしたら勘違いだと思います。とにかく、意味が全然わかりません。

英語の義務教育化の前倒しを行なう背景には、
①幼児教育の重要性(の「盲信」)
②日本人は英語ができないという(誤認の)事実
があると思います。

確かに、発達段階のより早い段階で外国語を学ぶ環境を整えることは大切なことかもしれません。ただ、どう考えても週一回の授業でそれができるようになるはずはありません。一週間には、24時間×7日=168時間あるわけで。1/168はねぇ・・・。普通に考えたって無理ですね。向こうの子たちは週に100時間以上聞いているわけで。

もちろんやらないよりもやったほうがいいのかもしれません。ただ、やったことで得られる
①まぁ、せいぜい数十個の英単語の知識
②外国人に対しての恐怖心・抵抗がなくなること
くらいのことが、果たして、莫大な税金投与にふさわしいのか、という話しです。

それから、日本人は英語がなかなかできないということが当たり前のように語られていますが、それが果たして正しいかといわれれば、そういうわけでもない気がします。

アジア各国と、TOEICなどの平均点が比較され、日本人の平均点が相対的に低いということがしばしば取り上げられますが、これが実は巧妙なトリックで、アルクとかの陰謀としか思えません。というのも、日本の平均点が低いのは、受験者数が圧倒的に多いことによるからです。中国や韓国ではエリートしか受けない(受けられない)のに対し、日本は、そうでない方もたくさん受けるわけです。したがって、平均点は自ずと低くなっていくわけです。(もちろん、日本語と英語で使用する音域が異なることも起因します。)

また、英語を話せないという感覚を持っている人がたくさんいることも、どちらかというと内弁慶な国民性によるところが大きいでしょう。

私が今想像する中で、見えている結果は、
①日本語力のますますの崩壊
②今まで中1で英語嫌いになる子が、小5で嫌いになる。
ということです。

大学のはじめの二年間で小学生と向き合っていましたが、何人かとても「ひどい」子を持ちました。ホワイトボードの内容をそのままノートに写せない子、九九ができない子、三角形の図をそのままノートにかけない子、日本語が通じない子・・・。こういった子すら受験をしようとしているということは、もっとたくさん、そうでない子がいるということを暗示しています。

私はこの二年間の経験もあり、ちゃんとした英語教育をしたいのであれば、その前にやることがたくさんあると感じています。基本が何もできていない子たちに、何を教えても、ほとんど意味がありません。彼らの負担を増やすだけですから。

そして、今回のような制度の導入は、そういった子たちをますます混乱させ、何よりも税金の無駄遣いです。お金があるのであれば、中学校の英語教育をいじくるべきです。小学校で九九を教えるべきです。繰り返し繰り返し、ドリルでも何でもやるべきです。もうシステムがあるんだから。そして、既存のシステムの中の努力不足を、意味不明な方法で解決できると思わないことです。

そして、国民全員に英語を身につけさせようとすることはあきらめるべきです。そんなことする暇あるんだったら、日本語教育を、海外に展開していくべきです。ことばは武器なのだから、何も相手が製造した武器を無条件に購入することありません。自分の使い勝手のいい武器を相手に使わせるべきです。

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(時事通信社 – 03月27日 20:15)
 小学校段階の英語教育の是非を検討している中教審外国語専門部会は27日、事実上、小学校での英語必修化を求める内容の提言をまとめた。親部会の教育課程部会に報告され、審議が続くが、必修化実現の可能性が強いとみられる。

 高学年では週1時間程度、共通した教育内容の設定を検討するよう提言。教科書が必要な正式の「教科化」は当面しない。低学年では道徳などと同じ「特別活動」、中学年では「総合的な学習の時間」での教育で充実させる方針。

 文部科学省は2006年度にも改訂を予定する小学校用学習指導要領に方針を盛り込む見通しだ。 
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