スラムドッグ$ミリオネア 映画評


スラムドッグ$ミリオネアと「途上国モノ」

 本年度アカデミー賞受賞作品。

 インドのスラム出身の男は、テレフォンセンターのお茶汲み。出演したクイズ・ミリオネア(”Who wants to be a millionaire?”)で、次々と難問を正解していく。

 ところが、4000万円を獲得する最終問題を前にして、インチキだという嫌疑をかけられ、警察で拷問を受ける。「スラム出身のスラムドッグが、大学教授すら答えられないクイズに正解するはずがない。」
 男は、自分の過去を振り返りながら、正しい答えにたどり着いた理由を話し始める。

◇  ◇  ◇

 「ブラックダイアモンド」「ホテルルワンダ」「ナイロビの蜂」・・・最近の映画市場では「途上国モノ」というジャンルが間違いなく成立している。そして、観衆は「悲劇」とか「不正義」のインパクトが大きい作品を、知らずのうちに求めてしまっているきらいがある。
 私自身もそういう傾向にあって、気をつけなければならないと常々感じている。それは、言うまでもなく他人の不幸を消費する欲求なんてあってはいけないからだ。(これは、よくテレビでやる闘病記モノも同じことだ。ただ、つい見てしまう。そしてそういう人が多くて視聴率が高いから、テレビ局も映画産業もコンテンツとして手放せないのだろう。1リットルの涙だって、余命1ヶ月の花嫁だっておんなじことだ。)

 スラムドッグ・ミリオネアは、その点、そうした「悲劇」とか「不正義」を、過度に誇張したものではないように感じた。だから、「途上国モノ」の映画を見て持ちうる感想、たとえば、「インドは非人道的な国だ、ありえない!」とか「カースト制の存在がインドの発展を阻害しているから許しがたい」とか、逆に「子供たちの力強さに感動した」とか、そういった「ありがちな感想」はあんまり持たなかった。

 きっと「ありがちな感想」を観客に与えない、ということが、この映画の一番の意義だろう。この映画の作り手も、そういうことを意識した上で、映画制作に臨んだように感じた。特に、タージマハルに運転手つきのベンツで乗りつけたアメリカ人観光客の描かれ方は、その現れの一つだろう。すごく「ひいて」、冷静に、かつ少し皮肉っぽく問題に目を向けている印象を持った。

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 三つの場面(警察署での拷問、クイズの回答シーン、主人公の回想シーン)を飛びながら映画が進んで行くのだが、混乱せずに見れた。

 凄まじい生活のなかでも、強くしたたかに生きていく。暗い話なんだけど、最後に希望がある。かといって、凄まじさとか暗さに目を瞑るわけでもない。分かりやすいストーリーにねじ込むハリウッド映画とは違って、よりニュートラル、というのが一番の印象。嫌いじゃない。

 主演は高島政伸に似ていると思う。


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