アフォーダンス入門―知性はどこに生まれるか 書評


アフォーダンスの使い方・・・。

 アフォーダンスとは、動詞affordの名詞形であり、ギブソンの造語である。affordは中学英語では「~する余裕がある」と習うが、ここでは、「与える、提供する」などの意味である。(解説のアイ・キャノット・アフォードという表現を例に出しているのは、アフォーダンスを理解する上では不適切なのではないか。)

 前々回の読書会で読んだ「動物と人間の世界認識(著者・日高敏隆)」で紹介されていた、ユクスキュルの環世界では焦点が主体に当てられていたのに対し、アフォーダンスの場合は、客体、つまり主体を取り囲む環境に焦点が当てられている、という違いがある。しかし、生き物と環境は切り離すことができないという点では共通するものを多く持っていると考えられる。ユクスキュルや日高氏が生物学を専門としているのに対して、ギブソンや佐々木正人氏が心理学を専門としているという違いも、この違いを生み出す原因かもしれない。想像するに、心理学で観察対象の心理を離れ、環境が観察対象に働きかけをしているという見方をすることは、おそらくコペルニクス的転回であったのだろう。
 
 本書を読んで、アフォーダンスという考え方自体は少し理解できたのだけれども、それをどのように活かすことができるのかについては、正直な話いまだによく分からない。ましてや、自分の研究にどのように活かすか、というとさっぱり分からない。なんというか、人間といわゆる「知性を持っていない動物」(本書ではミミズにも知性があるというが・・・。)を同列に扱うことに、やはり抵抗感を持ってしまう。これは、日高氏の著書を読んだときにも感じたことだ。

 本書には書いていないが、アフォーダンスは、心理学の分野を離れ、プロダクトデザインなどの分野にもその範囲を広げているらしい。アフォーダンスを“よくしている”プロダクトの開発は、ユーザビリティの向上につながっているのだというが・・・。本書のアフォーダンスからはだいぶ定義が広くなっていそうだ。

 今回は疑問がすべて氷解したというわけにはいかなかったので、もう何回か読んで、理解を深めていきたい。


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