消えていく言語を学んだって仕方ない


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 言語学者のマイケル・クラウスは1990年代初頭に、現存する6000の言語のうち、約半分が今後100年のうちに使用されなくなると予言したそうだ。私が調査をしている五指山の黎族の村でも、学校教育は普通語で行なわれているし、テレビ・ラジオの普及に伴ってますます普通語が人びとの生活に浸透していることがよくわかる。結果として、若者の多くが、黎語と普通語は操れても海南語を話すことができない。黎語も場所によっては話されなくなっていると聞く。

 「生活語」と「交易語」とでもいうべきか、人びとが日常的に使用する言語と、他の集団と交易するために使用する言語の別がおそらくあるだろう。「交易語」はより広い範囲の人とのコミュニケーションができたほうが有利なので、海南語が普通語にとってかわられたのはよくわかる。それは海南島の中だけで生きていくよりかは大陸に出て行く(可能性を残しておく)方がいいからだ。
 「生活語」は生活している空間が変わってしまうと失われる可能性は高いだろう。移住した一世ではなく二世になったときのほうがおそらく高い。黎族で言えば海口に出てきた人の子どもは黎語を上手く操れなかったりする(n=1だけど)。仮に移住した先で再生産を続けていたら遺伝的には「黎族」が残ることにはなるだろうけども、言葉を失ったとしたら「黎族」ではなくなってしまうのだろう。(移住した先でその言語を話し続けるだけの集団が維持できていれば別でしょうが。)

 こういう流れに沿って言えば、おそらくいつかは消えてしまうであろう言語を一昨日から習い始めた。文昌語だ。これというのは、字の如く海南島の文昌市一帯で話されている方言で、海南語とも海口語とも違うのだが、互いに意味の推測程度では意思疎通が可能とのこと。ミンナン語と呼ばれる言語グループで、発音が非常に難しい。

 習い始めたのは、調査を少しでも円滑にするため。クラウスの予言もいいのだが、よく考えると文昌語が消えるよりか先に自分の人生が終わるので、余計な心配はせずに早く覚えられるだけ覚えることにした。確かに難しいのだけど、新しい言語を覚えるときのわくわく感は間違いなくある。消えていく言語を学んだって仕方ない、なんて言わせない。(タイトルはマキハラを意識してみた。)

 ちなみにネットサーフィンをしていたら、海南語を教える教材がオンラインを発見。文昌語を勉強する前にこっちをやっておいたほうがよかったかも!

■海南語学校:http://hainanese.lingd.net/
■海南語オンライン:http://hainaneseonline.blog.china.com/index.html


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